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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)3202号 判決

主文

一  原告植田住宅産業株式会社および被告富士火災海上保険株式会社は各自、原告坂田昇治に対し金一七九万一三五九円およびこれに対する昭和四五年七月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告坂田美佐代に対し金一七九万一三五九円およびこれに対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

二  被告国は原告坂田昇治、同坂田美佐代に対し各金一七九万一三五九円およびこれらに対する昭和四七年七月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用のうち、原告らと被告植田住宅商業株式会社および同富士火災海上保険株式会社との間に生じたものはこれを七分し、その二を原告らの負担としその余を同被告らの負担とし、原告らと被告国との間に生じたものはこれを七分し、その二を原告らの負担としその余を被告国の負担とする。

五  この判決は一、二項にかぎり仮に執行することができる。ただし、被告国が原告らに対しそれぞれ金五〇万円の担保を供するときは、同被告に対する仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告植田住宅産業株式会社および被告富士火災海上保険株式会社は各自原告坂田昇治に対し金二五〇万円およびこれに対する昭和四五年七月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告坂田美佐代に対し金二五〇万円およびこれに対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

2  被告国は原告らに対し各金二五〇万円およびこれらに対する昭和四七年七月一九日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言(被告国)

第二請求原因

一  事故

訴外坂田勝美は、つぎの交通事故により死亡した。

1  日時 昭和四五年七月一九日午前九時一五分ごろ

2  場所 東大阪市中石切五丁目七番五九号先道路上

3  加害車A 普通乗用自動車(大阪五の二七八六号)

運転者 長尾清治

加害車B 行方不明車

運転者 不明

4  被害車 自動車

運転者 坂田勝美

5  態様 被害車が北途中、西側の脇道から進行してきた加害車Bとの衝突を避けるため、坂田が右転把したところ、対向南進してきた加害車Aと被害車が衝突した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告植田住宅産業株式会社(以下「被告植田住宅」という。)は加害車Aを保有し、自己のため運行の用に供していた。

2  被用者責任(民法七一五条一項)

被告植田住宅はその営む事業のため長尾清治を雇用し、同人が被告植田住宅の業務の執行として加害車Aを運行中、前方注視義務を怠つた過失により本件事故を発生させた。

3  自賠責保険契約に伴う責任(自賠法一六条一項)

被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告富士火災」という。)は、加害車Aにつき被告植田住宅との間において事故当時締結していた責任保険契約に基づき、被害者に対する保険金支払義務を負担した。

4  政府の填補責任(自賠法七二条)

本件事故は加害車Bの運行にも基因して生じたもので、同車は行方不明であつて保有者が明らかでなく、原告らは自賠法三条による損害賠償の請求をすることができない。

三  損害

坂田勝美は本件事故に基づく脳挫傷により死亡したものであるが、これによる損害額はつぎのとおりである。

(一)  逸失利益 金八八七万二三一八円

坂田勝美は事故当時二一歳で、ヤマトエスロン株式会社に総務部経理課員として勤務し収入を得ていたが、事故がなければ六七歳まで四七年間就労し、同年齢男子労働者の平均賃金程度の収入を得ることができたと考えられ、生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、昭和四八年賃金センサスに則り年額金七五万四〇〇〇円を基礎とし、生活費を差引いたうえ、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除した死亡時の現価を求めると金八八七万二三一八円となる。

(二)  原告らの固有の慰藉料 各金三五〇万円

原告坂田昇治は勝美の父であり、同坂田美佐代は同人の母であるが、本件事故の態様、勝美との家族関係、同人の年齢等からすると、同人の死亡により原告らが被つた精神的苦痛に対する慰藉料は各金三五〇万円が相当である。

(三)  葬祭費 金三〇万円

勝美の葬祭費として右金額を要し、原告らは各二分の一の金額を負担した。

四  権利の承継

原告らは前記のとおり勝美の父母として、相続により同人の権利を各二分の一の法定相続分に応じ承継した。

五  よつて、被告植田住宅および被告富士火災に対し、各自払として、原告らは各金二五〇万円およびこれらに対する不法行為の日の後である昭和四五年七月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告国に対し、原告らは各金二五〇万円およびこれらに対する昭和四七年七月一九日から支払ずみまで右同割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁および主張

一  被告植田住宅および被告富士火災

(一)  請求原因一の事実のうち、行方不明車の存在と国道に関する事実および事故態様を争い、その余は認める。

同二の事実のうち、1は認め、2のうち長尾の過失を争い、その余の事実は認め、3の保険契約の存在は認める。

同三、四の事実は争う。

(二)  本件事故の発生につき加害車Aの運転者長尾に過失はなく、同車には構造上の欠陥、機能上の障害はなかつたから、被告植田住宅に責任はない。

したがつて、同被告の責任を問い得ない以上、被告富士火災においてもまた保険金支払義務は負担しない。

すなわち、長尾は加害車Aを運転して本件南北道路南行車線の中心線寄りの進行帯を時速約四〇キロメートルで南進中、対向車線を時速六〇ないし七〇キロメートルで蛇行北進してくる被害車を数十メートル先に認め、同車が中心線を越えて加害車Aの進路上に進入してくる危険を感じたので急制動措置をとつたが、被害車は暴走を続けて中心線を超え、同車の左前部が加害車Aの右前部付近に約四五度の角度をとつた状態で衝突するに至つた。長尾としては被害車の暴走状態を認めてただちに制動しており、右以外の措置をとることは不可能であつたもので、また、被害車が異常な走行状態に入るまでに長尾において同車を認識できたとしても、同車の異常な走行を予測することは不可能であつた。

二  被告国

(一)  請求原因一の事実のうち、行方不明車が事故の発生に関係したことに関する事実はすべて争い、その余は認める。

同二の4および同三の各事実は争う。

(二)  行方不明車の運行と本件事故の発生との間には因果関係が存在せず、被害車運転者坂田勝美の高速蛇行運転における運転上の過失と加害車Aの運転者長尾の前方不注視の過失により本件事故を発生させたものである。

第四被告らの主張に対する原告の認否

争う。

第五当事者の提出ないし援用した証拠および書証の認否〔略〕

理由

一  事故

請求原因一記載の日時、場所において、長尾清治運転の普通乗用自動車(大阪五の二七八六号)が南進中、坂田勝美運転の北進する自動車と衝突し、その結果右坂田が死亡したことは当事者間に争いがない。

各成立に争いがない甲第一号証の一ないし一一、同第二号証の一ないし三、乙第二号証、証人長尾清治、同大内尉男の各証言によれば、事故発生の原因および態様についてつぎの事実が認められる。

事故現場は八尾市と大阪市間の南北に通じる国道一七〇号線上で、歩車道の区分があり、車道部分幅員は一四メートル、中心線により北行、南行の車線に分けられ、各車線は走行車線(幅員三・三メートル)、追越車線(同三・二メートル)、外側線(同〇・五メートル)に区分されており、南北の見通しはよく、時速五〇キロメートルの速度規制がある。事故直後の実況見分時において、交通量は三分間の車両数が一二五台であつた。長尾清治は加害車Aを運転し、中心線から約〇・八メートルの間隔を置いて追越車線を時速約四五キロメートルで南進中、対向車線中央の区分線上付近を、車体後部を左に振つた異常な状態で進行してくる被害車を前方約二七メートルの地点に認め、急制動措置をとつたが、約一一・五メートル前進した地点で、中心線を超えてきた被害車と衝突した。被害車は衝突時車首を東に向け、中心線を跨いだ状態で、その車体左前部と加害車Aの右前部とが衝突し、半回転して加害車Aの右側面に再度接触したあと、約一六・八メートル北方の北行走行車線上に停止し、他方加害車Aは衝突地点から約五メートル南方に停止し、この間、被害車の運転者坂田勝美は衝突地点のほぼ西方の北行車線中央付近に投げ出された。被害車のスリツプ痕は、北行車線中央の区分線から斜めに衝突地点の南行車線内まで少なくとも十数メートルに亘つて印されており、加害車Aのそれは九メートル余である。衝突地点から南方約四二メートルの地点に、同南進に対し西南方向から斜めに交差する幅員約五メートル(ただし南北道路に接する部分は幅約一九メートル)の非舗装道路があり、前記衝突前、被害車が南方から同交差点に向かつて北進中、非舗装道路から貨物自動車である加害車Bが国道内へ北行車線中央の区分線付近まで進入してきたので、坂田は同車との衝突を避けるため右にハンドルを切つた結果、かなり高速(時速七〇キロメートルぐらい)でもあつて自車の安定を失い、一旦中心線を越え、その後前記のとおり車体を左に振つた暴走状態に陥つたものである。交差点付近の国道路面に被害車の急制動を認めるべき痕跡はない。加害車Bを被害車が回避したとき、加害車Aは右両車の交錯地点から北方約八〇メートルの地点を南進していた。加害車Bはその後行方不明で、保有者も明らかでない。

以上の事実が認められ、丙第一号証によつても右認定を覆えすに足りず、他に右認定を覆えすべき証拠はない。

二  責任原因

1  被告植田住宅

前記一の認定事実からすれば、加害車Aの運転者長尾としては、被害車が異常な走行状態に入つたのを約八〇メートル手前で発見することができたはずであり、右状態は衝突時まで継続していたと考えられ、この間、右両車はほぼ本件国道の中心線付近両側の位置関係で対向状態にあつたもので、長尾としては前方注視の要求される範囲内の事象に対し、早期に被害車の異常状態を発見していたならば、前記八〇メートルの距離からみても衝突回避の余地がなかつたとはいえないから、同車と約二七メートルの距離に接近してはじめてこれに気付いた同人に前方不注視の過失がなかつたとはいえない。

被告植田住宅が加害車Aを保有し自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがなく、運転者長尾の無過失を認め得ないことは前記のとおりであつて免責の主張は採用できないから、同被告は自賠法三条により本件事故に基づき坂田勝美につき生じた損害を賠償する責任がある。

2  被告富士火災

被告富士火災が事故当時被告植田住宅との間で加害車Aにつき責任保険契約を締結していたことは当事者間に争いがなく、被告植田住宅につき自賠法三条の賠償責任が発生したことは前記のとおりであるから、被告富士火災は同法一六条一項により、同法施行令二条の保険金額の限度において、被害者に対し損害賠償額の支払をなすべき責任がある。

3  被告国

前記一の認定事実からすれば、被害車と加害車Bとの接触はなく、坂田勝美が加害車Bを回避するに際し、走行速度およびハンドル、ブレーキ操作等において自車の安定を失うに至つた不手際があつたと考えられるものの、加害車Bの国道内への進入の程度、非舗装道路の幅員、国道上の交通量等からすれば、加害車Bは少なくとも被害車の直進走行を妨げたものと考えられ、右加害車Bの国道への進入状態が被害車運転者の運転を誤らせ、本件事故を発生させたのであるから、坂田勝美の死亡は加害車Bの運行により生じたものと言わねばならず、同車の保有者は不明であつて原告らが自賠法三条による請求をすることができないから、被告国は自賠法七二条一項、同法施行令二〇条により同法施行令二条の金額の限度において坂田勝美につき生じた損害をてん補する責任がある。

三  損害

(一)  坂田勝美の死亡による逸失利益 金八〇三万〇八七五円

成立に争いがない乙第五号証の四および原告坂田昇治本人尋問の結果によれば、坂田勝美は事故当時二一歳で高校卒業後ヤマトエスロン株式会社に勤務し収入を得ていたことが認められるところ、昭和四五年度の賃金センサスによれば、同年度の二一歳の男子労働者の平均給与額は一か年金六八万二五〇〇円であることが認められ、同人は事故がなければ六七歳まで四六年間就労が可能であり、同人の生活費は収入の五〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除(係数二三・五三三七)として算定すると金八〇三万〇八七五円(一円未満切捨)となる。

(二)  原告らの固有の慰藉料 各金三〇〇万円

前掲原告坂田昇治本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告坂田昇治は坂田勝美の父であり、原告坂田美佐代は同人の母であることが認められ、前記本件事故の態様、坂田勝美の年齢および右親族関係、その他本件にあらわれた諸事情を考慮すると、同人の死亡により原告らが蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は各金三〇〇万円が相当と認められる。

(三)  葬祭費 金三〇万円

前記坂田勝美の年齢、職業からすると、経験則により、同人の葬祭費として右金額が相当であると認められる。

四  権利の承継

前認定のとおり原告らは坂田勝美の父母であり、弁論の全趣旨によれば、他に相続人はなく、原告らは相続により同人の権利を各二分の一の法定相続分に応じ承継したことが認められる。

五  過失相殺等

前記一の認定事実によれば、本件事故の発生につき坂田勝美においても、走行速度および運転操作の不適切等の過失があつたと考えられ、加害車Bの運転状態については前認定事実以外は必ずしも明らかではないが、同車と被害車との接触はなかつたこと、本件国道の見とおしは良いこと、加害車Aとの衝突地点が南行車線内であること、その他本件三台の車両の運行による事故であること等諸般の事情を考慮すると、前記坂田の過失につき過失相殺として少なくとも被害の五〇パーセントを減じるのが相当と考えられ、また、被告国と被告富士火災との関係では、請求額の内容に徴し、車両を異にし被害者の損害につき各別にてん補されること、被告植田住宅の賠償と被告富士火災のてん補関係、および前記事故発生の状況等を勘案すると、過失相殺による残額につき、被告国の負担分とその余の被告らの負担分とは各二分の一と認めるのが相当である。

したがつて、前記三の(一)ないし(三)の合計金一四三三万〇八七五円につき、過失相殺、権利承継および右負担分にもとづき算定した金額(一円未満切捨)は、被告国につき同告らに対し各金一七九万一三五九円、その余の被告らにつき各自払として右同額となる。

六  結論

以上により、被告植田住宅、同富士火災は各自原告らに対し各金一七九万一三五九円およびこれに対する不法行為の日の後である昭和四五年七月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告国は原告らに対し各金一七九万一三五九円およびこれらに対する前同様昭和四七年七月一九日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金を、それぞれ支払う義務があり、原告らの請求は右の限度で理由があるので認容しその余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行およびその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本克巳)

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